《エンパス気質》にとっての『心ここにあらず』。むしろ、そのほうが健全かもしれない。

 

 

 

こんにちは、りるです。今日は『気質』の話をします。

 

 

個人的には私には、【エンパス】と言われる気質があるなあと思うことがよくあります。

 

《エンパス》とはどんな人かと言うと、「共感力や感受性が強く、人の感情やエネルギー、そして場の空気やエネルギーを読み取る力がある人」なのだそうです。

 

それは、私自身の感覚に照らし合わせると、『エネルギーが、自分の内側と外側を、流動的に行き来しやすい性質』と言えるかもしれません。

 

 

もし、外から入ってきたエネルギーが感覚器官に強く作用するなら、HSP(Highly Sensitive Person=ひといちばい繊細な人)と、定義できるのかもしれません。

 

HSPも、私には当てはまる部分があるのかもしれないけど、《エンパス》という言葉のほうが、私の本質的なところにしっくりくる感じがします。

 

 

 

ところで、「心ここにあらず」という言葉がありますね。

「あなたは、心ここにあらずなのよ」と、以前、とある方に言われたことがあります。

 

 

それでは、「心ここにあらず」の『ここ』って、一体、どこなのでしょう? あるいは、何を指しているのでしょうか?

 

〈今ここにある、取り組むべき仕事〉のことでしょうか?

 

それにしても、『ここ』とはどこでしょう、 〈目の前(自分の外側)にある、取り組むべき仕事〉という意味でしょうか?

 

 

もし、『ここ=〈目の前(自分の外側)にある、取り組むべき仕事〉』と定義するなら、《エンパス気質》の人はむしろ、「心ここにあらず」であろうと努めるほうが健全です。

 

 

どういうことかと言うと、先ほど書いたとおり、《エンパス気質》の人は、エネルギーが、自分の中と外を行き来しやすいです。

 

〈自分の外側にある、取り組むべき仕事〉に集中しすぎてしまうと、内側のエネルギーがそちらに出て行ってしまい、自分の中はエネルギーがない空洞の状態になってしまいます。

 

 

自分の中からエネルギーが出ていってしまうと、どうなるでしょうか。

 

 

まず一つ目は、心の声にエネルギーが注がれず放置されるので、心の中がわだかまっていくかもしれないということです。

 

もう一つは、外に出ていった自分のエネルギーに、自分以外のエネルギーが反応し、それが、空洞になった自分の中に、ドンッと入ってくることがあるということです。入ってくるのは、良いものであることも、そうじゃないこともあります。

 

 

今回の記事では、一つ目の「心の声にエネルギーが注がれず放置されがちになること」について、私が心がけていることを、少し紹介してみたいと思います。

 

 

対策としては、目の前の仕事にエネルギーを注ぐ必要があっても、時々、人知れず、「そのエネルギーを自分の中に引き戻して、内側(あるいは心の声)としっかり結びつける」ということを、してみると良いです。

 

私が一番〈手っ取り早いなあ〉と思うのは、「これ終わったら何食べたい?」と、《ごはん・食べ物・飲み物・デザート》にまつわる対話で、自分の内側とつながること。簡単に手早く、心の声を満たすことができます。

 

 

目の前の仕事から自分の中へとエネルギーを戻すと、なんだか集中力が途切れそうだけど、案外、そうしたほうが、その仕事自体も、人との関わりも、うまくいくことが多いですよ。

 

 


というわけで、「心ここにあらず」という言葉。

『ここ=〈(自分の外側にある)目の前の仕事〉』と定義するなら、

エンパス気質の人にとっては、時々「心ここにあらず」をして、自分の内側とひそかに対話することが必要なのかもしれませんね。

 

 

 

 

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